最高裁判所第三小法廷 昭和48年(オ)296号 判決 1974年8月30日
上告人 日本耐火宝庫株会社
被上告人 国
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人岡部勇二の上告理由について。
法人税の課税標準としての所得の計算にあたり、会社が従業員の給料を損金として算入することができるのは、給料が従業員の会社に対する労務提供の対価として会社の営業利益についての必要経費と認められるからである。そうすると、給料名義で支払われた金員であつても、それが従業員の会社に対する労務提供の対価とみられない場合は、その支払が雇傭契約上会社の義務とされている等特段の事情がないかぎり、損金に算入することはできないものといわなければならない。そして原判決の適法に確定したところによると、本件金員は、右のような特段の事情がないのに、野中正造が行方不明となり、会社に対して労務の提供がなかつたのに同人を名宛人としての妻に支払われたというのであるから、右金員を損金に算入することが許されないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、失当である。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 天野武一 坂本吉勝 江里口清雄 高辻正己)
上告理由
原判決は憲法三〇条および法人税法(以下単に法という。)九条一項の解釈適用を誤り、上告人の所得の計算上、当然に必要経費となるべき、その行方不明の職員に対して支給した給与(以下行方不明者給与という。)は右職員の妻に交付した寄付金であるから必要経費でないと断定したが、右は憲法三〇条の解釈を誤つたもので、上告人が納税の義務がないのに国家権力をもつて納税の義務を課したものであると共に、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令違背の違法があるものでるから、原判決を破棄されなければならない。
一 原判決は憲法三〇条および法九条一項の解釈を誤り、上告人が昭和三九年、四〇両事業年度(昭和三八年一二月一日から昭和三九年一一月三〇日までおよび同年一二月一日から昭和四〇年一一月三〇日まで。以下本件事業年度という。)を通じ、その職員野中正造(以下野中という。)に支給した毎月三万円および各年額二万円の給与は上告人の営業経費ではなく、上告人が右野中の妻美代子(以下美代子という。)に交付した寄付金であると認定し、同様に認定した京橋税務署長の本件法人税の更正および加算税の賦課決定処分(以下本件更正処分という。)を適法であると断定し、上告人の所得の計算は許されないものであると判決したが、右は誠に違法である。
二 新法人税法(昭和四〇年法律第三四号、以下新法という、)二二条四項は各事業年度の所得の計算につき「所得は一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されるものとする。」と規定している(以下右基準を単に会計基準という。)。
しかして、旧法人税法は会計基準を法文中に特に規定していなかつたが、旧法も新法と同様、当然に会計基準を法的基準として運用されるものであることを前提としていたものである。
三 上告人は会計基準に従つて行方不明中の野中に対して必要経費として給与を支給したものである。
四 しかるに、原判決は「そうすると、その期間中同人が控訴人の嘱託の地位にあつたにせよ同人を名宛人とする給与の支給を、控訴人の営業経費とみて所得計算上損金に算入することは許されないものというべく、これを同人の妻への寄付金と認めて法人税の更正および加算税の賦課決定をした京橋署長の処分に過誤はない。」と断定したのであるが、原判決はいかなる法的規律に従つて「許されない」と断定したのであろうか?
わが国には右のような法的基準は存在しない筈である。
五 そもそも、法人税法は所得の計算が非常に難かしいものであるため、会計基準を法的基準としながら、交際費、寄付金等の企業活動における必要経費の一部を益金に算入する規定を特に定めて、右損金部分につき課税しているのである。
これは、会計基準においては交際費および寄付金等は任意に増大するおそれがあるから、これに対し税法が相当と認める非課税の基準を設定したものである。
しかしながら、給与等の人件費は役員報酬等につき基準があるのみで、使用人の給与は会計基準に従つて公正妥当に計算し運営されているのである。
従つて、原判決は本件行方不明者給与の支給は「違法である。」と断定したことは誠に独自の見解であつて、会計基準に反する違法である。
六 行方不明給与は、税法上の、会計基準に従つて、当然に損金となるものである。
しかしながら、職員の生死不明ないし行方不明の期間は相当長期にわたることがあるものであるから、右職員に対して、損金としての給与を支給することができる期間につき準則を定めることは、これまた当然のことであるが、税法および会計基準は、特にこれが定めをしていない。
従つて、本件上告に対する判断は行方不明者給与の損金不算入の時期を決定する最初の判例となるものである。
しかしながら、本件行方不明者給与は僅か二か年間に対するもので会計基準内のものであるから、御庁は特に右損金不算入の時期を決定する必要はないものと認める。
七 被上告人国(以下単に国という。)は、「野中は行方不明となつた日から労務を提供していないのであるから、その日に上告人との雇用契約は消滅したものであるから、同日以後の給与は損金でない。」と認定し、原判決も右認定を適法と断定したのであるから、右は明白な法令の解釈適用の誤りであると共に、会計基準違背の違法である。
使用主が使用人に対し、どの程度の労務の提供を求め、これに何万円の給与を支払うかは、税法において強制(法人税を課することは給与に対し税金を上乗せして支払わしめるものであるから強制である。)できるものではない。
八 法令においては、使用主が労務を提供しない使用人に対し給与を支給しないことができる旨を規定しているものがあるが、右は使用主の義務を解除するために規定したものである。
しかして、使用主が労務ないし人事管理の必要上、労務を提供しない使用人に対して給与を支給した場合、これを当然に右法令、特に税法に違反して違法であるとして、その必要経費性の効力を否定したものはないのである。
九 野中が行方不明になつた原因は、上告人が営業を譲受けた上告人の前会社である日本耐火宝庫販売株式会社の債務を個人保証した結果、強制執行を受けたため病気(ノイローゼ)になつたためである<証拠省略>。
一〇 税法は使用人が病気になつて休んだ時に給与を支払つてはならないと規定してはいない。
しかして、税法および会計基準は使用人が病気になつて休んだとき、退職した後(退職年金)および遺族に対する扶助金等の給与の支払は給与の後払を企業の必要経費として認めているのである。
一一 雇用契約は継続的身分関係を設定する契約であり、更に、その使用人の生活関係も当然に考慮しなければならない契約関係であることは、基本的人権を定める憲法の規定により当然である。
従つて、法人税法が職員が行方不明になつたときには、その日に当然に雇用契約が消滅したとみなして、行方不明者給与の損金算入を否定することは明白な違法である。
一二 しかしながら、行方不明者給与が永久に税法上の損金であることは不合理であるが、右給与が損金不算入となる時期は、税法および会計基準において明白でない。
従つて、行方不明者給与の損金不算入の時期は、納税者の認定により自由裁量によつて、処理することができるのが会計基準である。
一三 また、国は使用主と行方不明となつた使用人との雇用契約は、使用人が行方不明になつた同日に、消滅するものであると主張し、原審は、これを認容しているが、右は違法である。
行方不明という事実は、即時決定できる事実ではないから、同日はおかしい。
従つて、第三者である国が、租税債権の発生を主張・立証するためには、右当事者間の雇用契約が当然に消滅した事実を主張・立証しなければならないのである。
しかしながら、国は右契約消滅の原因および日時を主張・立証していないのである。
一四 国が行方不明者につき、雇用契約が消滅したとして、その使用主の納税義務につき損金算入を違法として否認して、これに法人税を加算することができる時期は、国が民法の規定に従い行方不明者につき失踪宣言を受け、死亡とみなされた七年目の日からである。
換言すれば、雇用契約につき第三者である国は納税者と行方不明者間の雇用契約が消滅したとして、その給与につき租税債権の発生を主張するのであるならば、右行方不明者につき失踪宣言を受けて、雇用契約を消滅きせた後でなければならないものと認める。
一五 しかして、国は野中につき失踪宣言を受けた事実がないから野中の給与に対し法人税を加算して賦課することは違法である。
右「法人税を加算する。」とは、上告人が野中の二か年分の給与七六万円に対し、法人税一七五、三〇〇円を上乗せして違法に課税されたことを意味するものである。
国は誠に苛酷な徴税をするものである。
一六 ともかくも、会計基準は、使用主が雇用契約の存在を理由に行方不明になつた使用人に対し、相当長期にわたつて給与を支給することは、経済人の経済活動としてあり得ないものであるとして、本件三年位の基準は相当であるとしているものと認める。
従つて、本件更正処分による行方不明者給与の損金不算入は、
法律で規定してあるならば格別、会計基準においては許されないことである。
一七 よつて、上告人の本件行方不明者給与の支給を違法として、これが損金算入を否認した本件更正処分は、明白、かつ、重大な瑕疵ある処分であるから無効である。
従つて、上告人の本件請求は認容されなければならない。